平泉文化の中枢・中尊寺、見どころや歴史

中尊寺

 

 

世界遺産の平泉文化の中枢は何と言っても「中尊寺」であり、其の代表が「金色堂」であります。

 

中尊寺は、元々は平安初期の850年頃に、既に慈覚大師・円仁によって建立、開山されていました。 

 

 

その後、藤原初代の清衡氏によって長く続いた戦乱、
前九年の役や後三年の役により亡くなった人々の霊を慰めるため、
多くの寺院が造営されたそうです。

 

今でも代表的な金色堂をはじめとして、
貴重な国宝や文化財が遺されており、
奥州平泉に花開いた平安時代の文化を今に伝えています。

 

 

中尊寺へは月見坂と呼ばれる表参道を行くことになります。

 

坂を登り始めて最初に現れる八幡堂であり、
さらに阪を登っていくと右手には見晴らし良い平泉平野が広がり、
その中心部を悠々と北上川が望めます。

 

道の両脇には年代物の大きな杉の木が立ち並んでいて、やがて薬師堂や観音堂が現れます。

 

間もなく本堂前の山門にたどり着き、
門を潜ると立派な中尊寺の本堂が現れます。 

 

 

この御堂は明治42年に再建されたものだそうで、
堂内には本尊の「釈迦如来」が安置されています。

 

本堂周辺には、峯薬師堂、不動堂、大日堂などが鎮座しています。 
薬師堂は薬師如来が祀られていて、目の病にご利益があるとされています。

 

 

そして、いよいよ金色堂へ参ります。

 

 

金色に輝く御堂と想像されますが、
ガラスのケースに収められいる仏堂群と周辺が金色に輝いている物で、
周辺は厳重に管理されていて写真撮影などはできません。

 

 

祭檀(須弥壇)には、ご本尊である阿弥陀如来と脇仏の観音菩薩、
勢至菩薩など六体が祀られ、その下側に藤原四代の亡骸が安置されているそうです。

 

 

この金色堂は、平泉文化の象徴とも言える建物で、
奥州藤原氏初代の清衡が1124年に建立したものとされ、
創建当時から残る唯一の建物だそうです。