東北は陸奥の国の世界遺産・平泉地方

東北は陸奥の国の世界遺産・平泉地方

東北は陸奥の国の世界遺産・平泉地方

『白河以北の陸奥の国は一山三文の値打ちしかない』

 

明治維新の直前の戊辰戦争において、会津から仙台に攻め入った官軍兵士の幹部が言い放った一言でした。  

 

ところが東北には平安時代において奈良や京都に並ぶほどの煌びやかな文化が華開いていたのです。 東北でも平安期に起きた大戦乱がありました。 其れは前九年の戦い、其れに後三年の戦いと言うのが其れでした。 戦乱を収束させたのは後の藤原清衡でした。 其の清衡は平安時代の終盤の頃には陸奥の国の平泉に居を移し、其処へ政治や文化の中心都市の建設に着手し、そして中尊寺の造営を開始して壮大な陸奥の国の中心都市である平泉の原型を造る事になるのです。 其れは奥州における藤原氏四代100年に亘る栄華の基礎を築いたことになるのです。 此れが今の平泉の世界遺産につながるのです。

 

現在の中尊寺の周辺は、古い木立に覆われた山の中という環境や荘厳な雰囲気を感させるところで、平安時代から延々と続く古い歴史もあって、この中尊寺は国内の数多くの寺社の中でも指折りともいえる存在です。 普段、余り歴史や神社仏閣に興味をもたない方々も一度は訪れて貰いたい場所の一つでもあります。

 

世界遺産の平泉は、陸奥の国、東北地方の中央(岩手県)に位置し、その平泉地区の文化遺産は平安末期の凡そ100年にわたり、独特の文化を発展させた仏教寺院の建物や平安期の浄土式庭園などの現存遺跡群なのです。
そして、これらの仏教寺院や浄土方式の庭園と称する建造物は、平安期における仏法浄土思想に基づいて現在の世に再現した浄土を表現したものであり。 更に、他の地域や都市にもこれらの建築手法や庭園造作に影響を与えたとされ、高く評価されたものです。

 

世界遺産の物件としては、中尊寺(金色堂、金色堂の覆堂、経蔵など)、毛越寺(境内社跡や浄土庭園)、観自在王院跡(鎮守社跡、庭園)、無量光院跡(礎石群跡や庭園)それに金鶏山(藤原氏が築造した現存する人工の山)などになります。

 

時代は、平安後期に勃発した前九年の役、後三年の役の後を経て、最初に当主になったのは初代の藤原清衡で、戦乱の後に”仏の住む極楽浄土”にしようと考えて、早速、平泉に建てたのが中尊寺でありました。 引き続き清衡は、今は藤原4代当主の遺体が眠る金色堂を建立するのです。
その後は、以降三代に亘って平泉地区に仏都の中心に置き、周辺各地に仏法浄土思想に元ずく各種の仏塔や伽藍や浄土式庭園を築造することになります。